Salesforceのヘルプサイトには74万件以上のナレッジ記事が蓄積されていますが、顧客が必要な回答を素早く見つけるのは容易ではありません。従来のボットでは「パスワードリセット」や「API制限の確認」といった定型的な問い合わせに対応できず、ユーザーは長時間の検索やサポートチームへの対応待ちを強いられていました。このような状況では、管理者や開発者自身も日々同じ質問に回答し続ける“検索疲れ”に悩まされ、生産性の低下を招いてしまいます。しかし、Salesforceはこの課題を「自律型AIエージェント」であるAgentforceの導入によって解決しようとしています。Agentforceは入力された自然言語を理解し、あらかじめ用意されたトピックとアクションを組み合わせてタスクを自動実行する仕組みで、まるで24時間365日稼働するコンシェルジュのように問い合わせに応答します。本記事では、なぜAgentforceが必要とされたのか、その仕組みや利用シーン、管理者・開発者にとってのメリット、そして導入実績などを詳しくご紹介していきます。
なぜ「Agentforce」が必要だったのか?
ヘルプサイトの課題:ナレッジはある、でも見つけられない
Salesforceのヘルプサイトには数十万件もの記事が掲載されていますが、従来の検索機能やAIボットでは最適な回答を返せないケースも少なくありませんでした。たとえば、ある顧客がAPIコールの制限数を知りたい場合、従来であれば何千件もの検索結果の中から自力で情報を探し出す必要がありました。しかし、Agentforceは顧客ごとの権限情報を把握しており、必要な回答を瞬時に提供します。このように情報が膨大に統合されている一方で、「検索疲れ」によって適切な回答にたどり着けないという課題が、ヘルプサポートにおける大きなボトルネックとなっていたのです。
管理者・開発者の時間を奪う“検索疲れ”
ヘルプサイトのナレッジが更新されていても、ユーザーが欲しい答えを見つけられなければ意味がありません。従来のチャットボットはキーワードベースでの対応に限られており、質問の表現が少し変わるだけで、正しく回答できないことも多くありました。その結果、サポート担当者や開発者は日々同じ質問に対応したり、検索ルールの改善に追われたりすることになっていました。実際、パスワードのリセットやAPI制限に関する問い合わせでは、以前はサポートチケットを発行し、数日間回答を待つ必要がありました。これはサポートチームの負荷を大きく増加させる要因となっていたのです。
Salesforceが選んだのは「自律型AIエージェント」
これらの課題に対して、Salesforceは従来型のボットやチャットサービスではなく、自律的に動作するAIエージェントを採用しました。Agentforceは、一般的なAI(Copilotやチャットボット)を超えて、組織内のデータを自ら分析し、多段階のタスクを実行する能力を備えています。具体的には、顧客対応に関する問い合わせに対して、必要なデータを確認し、適切なアクションを計画・実行したうえで、回答を生成します。マーク・ベニオフCEOも「Agentforceはコパイロットの次を行くもので、人間の介入なしに計画を立てて実行できる」と述べており、その自律性と高精度が大きな強みとなっています。
「Agentforce」の仕組みとは?
トピックとアクション:AIが何をどう対応してくれるのか
Agentforceは「トピック」と「アクション」という概念を用いて業務フローを定義します。トピックは処理対象となるカテゴリ(例:パスワード管理やAPIに関する問い合わせなど)を表し、アクションは具体的な処理手順(Salesforce FlowやApexなどで構成された機能)を指します。Agentforceのインファレンスエンジンは、ユーザーからの自然言語による入力を解析し、最適なトピックと、それに紐づくアクションを選択して実行する仕組みになっています。
たとえば「パスワードをリセットしたい」という問い合わせがあった場合には、「パスワード」トピックの下に設定されたリセット処理アクションが実行され、その処理結果に応じて会話形式の回答が返されます。このように、あらかじめ定義されたトピックとアクションの組み合わせにより、Agentforceは与えられたタスクに対して適切に対応することができます。
Data Cloudとの連携で“パーソナライズされた答え”を生成
Agentforceの大きな強みは、Salesforceプラットフォーム上に蓄積された膨大なデータ資産(Customer 360)と深く結びついている点です。Salesforce Data Cloud(以前のCustomer Data Platform)は、構造化・非構造化を問わず、あらゆるデータをリアルタイムで統合し、Agentforceが活用できるようにするハイパースケールなデータ基盤となっています。
AgentforceはこのData Cloudを介して、ケース履歴やTrailblazer ID、購買情報、ナレッジ記事、動画マニュアルなど、数千にのぼるデータソースにアクセスし、RAG(Retrieval-Augmented Generation)の手法を用いて、最新かつ文脈に即した情報を検索・統合します。これにより、Agentforceは「お客様固有の利用履歴や契約内容」に基づいた、精度の高いパーソナライズされた回答を提供することができます。
たとえば、ある企業ユーザーから「API制限がどれくらい残っているか?」といった質問があった場合でも、Agentforceはそのユーザーの組織で許可されている接続数を即座に把握し、迅速かつ正確に回答を返すことができます。
安全性と精度を支えるEinstein Trust Layerの存在
Agentforceには、Salesforce独自の「Einstein Trust Layer(アインシュタイン・トラスト・レイヤ)」が組み込まれており、この仕組みが安全性と回答品質を支える基盤となっています。Trust Layerは、CRMデータによるファクトチェック(根拠の提示)や個人情報のマスキング、生成結果に対する毒性の検知、監査ログやフィードバック機能、さらにはLLMパートナー企業との間で「ゼロデータ保持」を保証する契約など、多層的な仕組みを備えています。
実際の運用では、AgentforceにPII(個人情報)や社外秘データが入力された場合でも、自動的にマスキングが行われるため、情報漏洩のリスクを低減できます。また、AIが従うべきルール(ガードレール)も明確に定義できるため、不適切な応答を未然に防ぐことが可能です。さらに、想定外の問い合わせに対しては、一般的なチャットボットとは異なり、人間のオペレーターへのシームレスなエスカレーション機能も備わっています。
これらの仕組みによって、Agentforceは高い精度と安全性を両立させながら、自律的に信頼性の高い回答を生成することができるのです。
使ってみるとどうなる?実例で見る「AIサポート体験」
パスワードリセットをAgentforceに任せたら?
実際の導入例では、「自分でリセットできないパスワードの問題」をAgentforceが即座に解決したケースが報告されています。従来は、ユーザーが自己解決できなかった場合、サポートチケットを発行し、数日間回答を待つ必要がありました。しかし、Agentforceを導入したことで、たとえパスワードリセットツールで問題が発生した場合でも、エージェントが即座に介入し、サポートチケットを発行することなく、その場で問題を解決できるようになりました。
この結果、ユーザーの待機時間は大幅に短縮され、サポートチームへの問い合わせ件数も大きく減少しています。
API制限の確認もAIが即答してくれる
「アカウントに設定されたAPIコールの上限はいくつか」といった質問にも、Agentforceは即座に回答できるようになりました。これまで人手では、7,000件以上の検索結果を一つひとつ確認しなければならなかったこの種の問い合わせも、Agentforceが顧客ごとの権限情報を把握しているため、数秒で正確な回答を返すことができます。
このようにして、単純な照会業務は完全に自動化され、ユーザーにとっても“検索待ち”の時間がなくなり、全体的な満足度が大きく向上しています。
チケット作成や人へのエスカレーションも自動で対応
より複雑なリクエスト(たとえば、API制限の緩和申請など)が発生した場合でも、Agentforceはチャット内で適切に対応することができます。まず、エージェントが可能な限り自動で応答したうえで、人手による対応が必要と判断した場合には、自動的に担当者へ引き継ぐ仕組みになっています。
この際、Agentforceは会話の要点やユーザーの入力内容を要約し、担当者に引き継ぐため、ユーザーが同じ説明を繰り返す必要はありません。このように、チャットにおけるAIとの連携により、ユーザー体験が中断されることなくスムーズに進行し、サポートチーム側も引き継ぎにかかるコストを大幅に削減できるようになっています。
管理者・開発者にとっての5つのメリット
メリット①:問い合わせ対応が“いつでも・すぐに”
Agentforceは24時間365日稼働するAIコンシェルジュとして機能するため、ユーザーはいつでも即座に回答を得ることができます。Salesforce自身の導入例でも、Agentforceは「24/7対応のコンシェルジュ」として、待ち時間を完全に解消し、すべての問い合わせに瞬時にパーソナライズ対応しています。
これにより、管理者や開発者は夜間や休日の問い合わせ対応から解放され、社内のモニタリングや設定改善に専念することができるようになっています。
メリット②:自己解決率が劇的に向上
自己解決(Self-service)率の飛躍的な向上も、Agentforceの大きなメリットの一つです。Agentforce導入前にはほとんど解決できなかった問い合わせのうち、およそ80%以上がAIだけで解決されるようになりました。
Salesforceの事例では、Agentforce稼働後、問い合わせの約80%が人手を介さずに処理されるようになり、人手による対応が必要なケースは2%から1%へと半減しました。その結果、サポートチームのレスポンスタイムが短縮され、ユーザーも長時間待つことなくスムーズに回答を得られるようになっています。
メリット③:サポートチームの負荷を軽減
ルーティン対応はAgentforceに任せることで、サポートチームはより複雑で付加価値の高い業務に集中することができます。たとえば、Agentforceを導入したWiley社では、チャットでの解決率が従来比で40%以上向上し、人間のオペレーターはより高度な問い合わせ対応に時間を割けるようになりました。
一般的にも、問い合わせの大半を自動化できるため、オペレーターの人手不足やバーンアウト(燃え尽き症候群)のリスクを軽減し、サポートチーム全体の業務効率やモチベーションの向上にもつながっています。
メリット④:顧客の満足度とロイヤルティ向上
問い合わせの解決が迅速かつ正確になることで、顧客満足度が高まるという点も、見逃せない重要な効果です。Agentforceは、顧客の状況に即したきめ細かな回答を提供するため、ユーザーには「まるで自分専用の窓口がある」ような印象を与えることができます。
Salesforceの幹部も、「顧客が情報を探し回ったり、コールセンターに転送されたりする時代は終わりました。Agentforceは、顧客が“欲しい答え”を必要なときにパーソナライズして提供します」と語っており、この迅速性とパーソナライズ性が、顧客満足度やロイヤルティの向上に直結しているのです。
メリット⑤:今後の拡張性が高く、導入の柔軟性も◎
Agentforceはローコード/ノーコードでエージェントを構築でき、既存のSalesforceワークフローにシームレスに統合できる点も、大きな利点です。専門的な知識がなくても、必要なアクションやフローを登録することで、簡単にエージェントを追加することができ、将来的に取り扱うトピックを増やしたり、他のシステムと連携したりする際にも高い拡張性を発揮します。
また、Salesforceはセキュリティやコンプライアンスへの対応に優れたエンタープライズ向けプラットフォームを提供しており、Agentforceも組織や業界ごとに最適化された柔軟性と拡張性を備えています。将来的にAIモデルが進化した場合でも、カスタムモデルへの差し替えや新機能の追加がしやすい仕組みになっているのも魅力のひとつです。
実績から見る導入効果:86%自己解決・2倍の対応効率
Salesforceの自社ヘルプサイトでは、Agentforceの導入後、問い合わせの約80%が人手を介さず自動で解決されるようになっています。これは、従来型ボットと比較して約2倍に相当する性能向上です。導入初期の数週間で、人手による対応が必要なケースは2%から1%へと半減し、すでに50万件以上のチャットがAgentforceによって処理されています。
また、グローバルでの導入事例においても、70万件以上の問い合わせがAIエージェントによって対応され、チャット対応の自動化率が80%を超えるケースが報告されています(Salesforce社の公表資料による)。これらの実績からも、Agentforceはサポート現場の負荷を劇的に軽減しつつ、問い合わせ対応の効率を約2倍に引き上げる効果を発揮していると言えるでしょう。
まとめ:Agentforceが変える“これからのヘルプ”のカタチ
いかがでしたでしょうか。
Agentforceは、管理者や開発者がこれまで負担に感じていたルーチンワークをAIに置き換え、より戦略的な業務に注力できる環境をもたらします。AIによる24時間対応のサポートにより、問い合わせ対応の待ち時間や検索にかかるコストが大幅に削減されることで、組織全体の生産性が向上し、顧客へのサービス品質も一層高まります。
実際、Salesforceの関係者は「顧客が検索してオペレーターに転送される時代は終わった。Agentforceは顧客に必要な答えを、まさに必要なときに提供する」と述べており、Agentforceが“困ったときに頼れるAIサポート”として定着しつつある様子がうかがえます。
管理者や開発者の皆さまにとっても、AIエージェントによって自己解決率が飛躍的に向上している今こそ、本格的にAIサポートの導入を検討する絶好のタイミングと言えるのではないでしょうか。
8. お問い合わせ
現在Salesforceを効果的に活用できていない企業様や、これからSalesforceの導入を検討している企業様で、設定や運用、保守に関するサポートが必要な場合は、ぜひお気軽にご相談くださいませ!